屋久島の民話
屋久島の民話、『かくれ笠かくれみの』を紹介します。
宮之浦岳の手前の障子岳に、むかし天狗が出るといううわさがはやりました。
その天狗はかくれ笠かくれみのを着て、人間の目では見えないといわれていました。
ある日、宮之浦の二才どもが集まって、
「いけんして、その天狗があっかあらんかたしかめて、そのかくれ笠かくれみのを手にいれてこんにゃいかん。そしてそいを薩摩の殿さまに上げれば、たいしたほうびじゃ。」
「そうじゃ、そうじゃ。」
「じゃばってん、だれがそれを取いけ行くか。」
「そんたア知恵の彦一でなかや取れん」
という話しあいになりました。
ところで、知恵の彦一といわれるわけは、あるとき、二才どもがより集まって狸料理をして食べるとき、一人が、
「狸の目は毒じゃ」
というのでした。
その鍋にも狸の目がちゃんとはいっています。
すると彦一が、
「毒でも何でもあいが食ってみよう」
といって鍋から狸の目をすくいあげてむしゃむしゃ食べていましたが、急に口から泡を吹きだして彦一は倒れてしまいました。
「彦一が死んだア。」
「こら、つまらん。はよ逃げ。」
みんなあわてて逃げてしまいました。
ところが彦一はゆっくり起きあがって、にこにこ笑いながら鍋と竜家にもって帰って、
「狸汁はうまか、狸汁はうまか」
といいながら全部平らげてしまったのです。
あとでこのことを知った二才どもは、あいた口がふさがりません。
それから知恵の彦一というようになったのです。
さて、障子岳の天狗のところへ行くことになった彦一は、から芋、ミソ、魚などを背負って、三日三晩の山登りのつもりででかけることになりましたが、
「ただ行くだけじゃ天狗の気に召さん。かくれ笠かくれみのをもろうならば、こっちからも何かもって行かにゃならん。」
こういいながらあたりを見まわしましたが、めぼしいものは何もありません。
ところが、流し場を見たら、竹をあんで作ったミソコシがありました。
「ええ、このミソコシでも持って行け。」
それから彦一はそのミソコシをかぶって、二才どもに見送られて宮之浦をあとにしました。
白銀山を通り、羽神岳を越え高塚の屋根を越えて、障子岳にやっとたどりつきました。
しかし、天狗はどこにあるかさっぱりわかりません。
障子岳のてっぺんにはツガの木が一本あるだけです。
近くの岩屋の中に宿をとった彦一は、
「いよいよ天狗があれば、あのツガの木に来るにちがいない」
といって、その晩は岩屋にあとなしく寝ました。