君が代
「君が代」が国歌として扱われたのは、戦前からです。教科書の中で国歌と初めて記されたのは、1937年の「尋常小学校修身」からで、そこでは次のように書かれています。
「『君が代』の歌は、我が天皇陛下のお治めになる此の御代は、千年も萬年も、いや、いつまでも、いつまでも続いてお栄えになるように。という意味で、まことにおめでたい歌であります。私たち臣民が『君が代』を歌うときには、天皇陛下の萬歳を祝い奉り、皇室の御栄えを祈り奉る心で一ぱいになります。」(一部口語訳)
しかし、この解釈のままでは、日本国憲法の主権在民の精神に反することは明かで、政府は国歌国旗法制化審議の中で苦し紛れの政府解釈を行いました。それは、二転三転するいい加減なものでした。
政府が法案提出と同時に出した政府統一見解(1999.6.11)
「君」とは、「大日本帝国憲法下では主権者である天皇を指していたと言われているが、日本国憲法下では、日本国及び日本国民統合の象徴である天皇と解釈するのが適当である。」
(「君が代」の歌詞は、)「日本国憲法下では、天皇を日本国及び日本国民統合の象徴とする我が国の末永い繁栄と平和を祈念したものと理解することが適当である。」
この二つの解釈は、あまりにも矛盾しています。「君」=天皇と言いつつ、「君が代」を「我が国の末永い繁栄と平和を祈念したもの」と強引に解釈しています。内外から激しい批判をあびた小渕首相(当時)は、すぐさま政府解釈の変更を行います。

